大土社
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写真は大土社本殿裏にある、子宝に恵まれると言われている石
  今市場通りに面して大土社(おおつちしゃ)があります。津島神社の境外末社で、大土御祖神(おおつちのみおやがみ)を祭っていました。
 大土社本殿の裏には“石神之社の御正体石”が安置されています。この“御正体石”は、かつて厨子町(現在の本町四丁目)にあった“石神之社”に祭られていたものですが、明治28年の大火によって移されたものです。かつて厨子町=辻=交差点にあったため、道祖神的な存在だったと考えられています。近世には不妊の女子がこの御正体石を抱いて祈願すると子宝に恵まれると信じられていました。

<周辺情報>
 今市場通りから真新しい山門が見えます。妙延寺(津嶋山妙延寺 みょうえんじ 今市場町1−11 日蓮宗)の境内は小さな松と頭部が丸い「津嶋山」と彫られた石灯籠が良く目立ちます。御本尊は法華経大曼荼羅(ほけきょうだいまんだら)です。往古は真言宗で七堂伽藍の道場でしたが、寛正5年(1464年)に身延山貫主の日意上人の教化を受けて日蓮宗に改宗し、妙延寺と改めました。九世日順は、加藤清正が幼少の頃に手跡を指南したと伝えられ、江戸時代には堂内に加藤清正像を安置し参詣人が多く訪れ繁盛しました。境内には清正が双紙を掛けた松(清正双紙掛の松)がありました。加藤清正(1562〜1611年)については上河原町の清正公社の項を参照下さい。
 また、大土社の裏に延命寺(大安山延命寺 えんめいじ 今市場町1‐23 曹洞宗)があります。御本尊は延命地蔵菩薩坐像です。永享9年(1437年)に興禅寺二世天庵善朗が創建し、天明元年(1781年)に雲居寺十一世の大通和尚が中興しました。
 当寺には真野時綱(1648〜1717年)の墓があります。時綱は津島牛頭天王社の社家出身で、名古屋の吉見幸勝に学び、尾張藩命により国史『尾張風土記』編者の一人となりました。博大な学識による著書も多く『古今神学類聚鈔』百巻、『藤嶋私記』『尾州津島天王祭記』などがあります。延命寺は海東西新四国八十八ヶ所五十八番札所です。


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