十王堂
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写真は十王堂内部の像
十王堂 じゅうおうどう 今市場町3−12 駐車場なし
 今市場通りに面して鉄筋のお堂が建っています。お堂の中には色彩豊かな十王が安置されています。十王堂とは十王信仰に基づく祠です。十王信仰とは、中国に起源があり仏教と結び付いたもので、死後の世界(冥土)に十人の王が居て、生前の罪によって死者を裁くというものです。十王とは秦広王、初江王、宋帝王、伍官王、閻魔王、変成王、太山王、平等王、都市王、五道転輪王のことで、十王信仰は日本では平安時代に盛んになったと言われています。閻魔王は地蔵菩薩と深い関りがあり、地獄で閻魔王の裁きを受ける人を地蔵菩薩が地獄と現世との境に立って助けてくれると言います。死後、地獄に堕ちるか、浄土(天国)に行けるかは、閻魔王と地蔵菩薩の話し合いにかかってきます。閻魔王など十王や地蔵菩薩を信仰すれば浄土へ行けると信じられていました。
 この十王は悪魔病敵が外から街に侵入するのを防いでくれるという民間信仰もあり、江戸時代には津島五ヶ村(津島の中心部にあった町名であり、米之座(こめのざ)、堤下(とうげ)、今市場(いまいちば)、筏場(いかだば)下構(しもがまえ)を指す)各々にありました。このため、十王はそれぞれ道服を着て笏を手にした憤怒形(ふんにゅぎょう:憤る姿)です。
 どこの十王堂でも旧暦7月16日・閻魔さんの日に祭を行っています。

<周辺情報>
 十王堂前の今市場通りはかつて下街道と呼ばれ、東へ行けば、名古屋、熱田へ行けます。詳しくは「橋詰道標」の説明をご覧ください。下街道を十王堂から300mほど東へ行くと、清光院という寺院があり、その境内に「津島一里塚跡」という碑が立っています。さらに東へ進み、津島市役所バス停前から南に入ると下街道の「埋田追分」で、石碑、常夜燈1対と津島神社の一之鳥居の根石が残されています。津島神社の一之鳥居は昭和34年の伊勢湾台風で根石を除き倒壊しました。埋田追分の近くに、明治元年、明治天皇が立ち寄られた跡が大地主神社となっています。


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